キッチン雑貨の輸入・販売: WEBSHOP【ぼなぺち】のこと、日常生活などを綴ります。写真・画像・文章の無断使用やコピーは厳禁です。
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カテゴリ:東日本大震災( 2 )

東日本大震災 (その2) ~新浦安エリアの被害状況~

こんにちは。
WEBSHOP【ぼなぺち】店長のかずよんです。

大震災当日は帰宅できず、ホテルに泊まりました。
泊まったと言っても、十分に睡眠をとることはできませんでした。
というのは、二女がテニスの合宿で、津波警報の出ていた九十九里海岸にいたからです。
現地は地震直後に停電してしまい、津波のことは全く知らなかったようです。
なんと地震の後、どこのコートでもテニスを続けていた…というから、怖ろしい話です。
幸い彼女たちのホテルは新築で、しかも高い階に寝泊まりしていたので無事でした。
後で聞いた話ですが、あの晩は停電ですることもないので早めに寝て、夜中の2時ごろ
電気が復旧し、急に明るくなったのでTVをつけたら、怖ろしい津波の映像が流れていて、
皆で震えあがったそうです。
情報が無いということが、どれほど怖ろしいことか!
結局、娘は外房線が復旧した翌々日に帰宅。 元気な顔を見てホッとしました。

私は翌日、夕方に浦安の自宅にたどりつきました。
自宅でもガス、水道、下水道、全てがストップと聞き、これは大変!なことに
なったと思いました。
府中のコジマで卓上IHクッキングヒーターを購入。カセットボンベは売り切れ。
だらだら運転の京王線で新宿まで出て、ヨドバシカメラに寄りましたが、カセットボンベは
やはり売り切れでした。(ちょっと焦り・・・)
東京駅では約1時間半以上、京葉線の運行を待ちましたが、結局、新木場までしか
行かないと聞き、八丁堀で降りて、日比谷線・東西線経由で浦安に出ました。
府中のホテルを出たのが10時。浦安についたのは16時過ぎ。クタクタです。
その後、自宅のある新浦安までバスに乗りましたが、海に近付くにつれて空が
どんどん灰色になるので、ビックリしました。
液状化で噴出した泥砂が乾いて、粉じんのように舞い上がっていたのです。
花粉とか、黄砂とか、そんな感じではなく、コンクリート工事の現場のような…、
とにかく汚い粉じんです。
そして、新浦安駅に着いた時、目にしたものは…!!
一言で言えば…、駅前が潮干狩り場のようになっていたのです!!
下の写真は駅前ロータリーのタクシー乗り場。
液状化で噴出した泥水で水たまりができ、その水たまりに高層ビルが映っています。
言葉を失いました。
a0158486_43386.jpg
a0158486_44111.jpg


自宅まで歩きながら、撮影した写真をPicasaにアップしてあります。
お時間のある方はご覧ください。
by kazuyon_09 | 2011-05-01 04:12 | 東日本大震災

東日本大震災 (その1) 帰宅できず…

こんにちは。
WEBSHOP【ぼなぺち】店長のかずよんです。

地震当時(3月11日)、私は伊勢丹・府中店内にいました。
店内は騒然。
婦人服売場だったので、最初は店員さん達が笑いながらマネキンを手で押さえていましたが
揺れが激しくなったので、お客様を通路の安全な場所に誘導してくださいました。
中には恐怖で悲鳴を上げたり、泣き出す人もいましたが、若い女性店員さんがその方の手を
握り、優しく声をかけていたので立派だと思いました。
でも…、よく見ると、その店員さんも涙目だったんですよね。
彼女自身も怖かったのだと思います。
地震発生時に私は時計を見ていたのですが、約10分ほど大きな揺れは続いていました。
“どこか遠くで相当大きな地震があったに違いない”と思いました。
そして、約25分後に大きな余震…。
店内の放送に従って建物の外に出たのは約1時間後です。

京王線がストップし、運行の見通しつかないようなので、早々に帰宅を断念。
コンビニで携帯電話の充電器を買い、府中駅近くでホテル探しを始めました。
4軒目でやっと一部屋空きがあったので、ラッキーでした。
その晩はホテルの部屋でテレビ報道にくぎ付けでした。
家族や親戚から電話が入り、無事を確認できたので安心しましたが、津波や火事の映像に
言葉を失いました。
緊張だか、恐怖だか、興奮だか、なんだかわかりませんが、その晩はなかなか眠れませんでした。
by kazuyon_09 | 2011-04-23 03:17 | 東日本大震災